- 鈴木 寿一(京都教育大学 名誉教授/京都外国語大学大学院 非常勤講師)
- 杉本 義美(京都外国語大学 英米語学科 教授)
単なるインプットを与えるのではなく、子ども自身の気づきを促す
TPRもPIもどちらもフォーカスのフォーム、つまり形に基づくもので、それを場面の中で設定していって文法力や語彙力を高めていく、ということですが、日本の文法指導における役割において、何か補足することはありますか。
杉本:一番のポイントは、学習者自身が新しい表現や新しい語彙とか意味に気づくということなんですね。しかし、今までは、インプット・与えるんだけど、ノーティシング・気づきを保証しないままに指導がなされていました。
やはり、そこを我々は学習者自身に気づきを促す、促進させるようなところを大事にしたいというのが根本だと思います。
TPRでもそうですしPIでもそうですし、身体性でもそうなんです。実はラウンド制もそこにつながっていくわけですね。
単なるインプットを与えるのではない。
子ども自身が自分で課題を見つけるとか、表現に気づく、場面に気づく、またはその内容を理解していく。主体的に関わっていく。それを保証していくのが、まさしく今の求められる学習、英語の学習の基盤だと私は感じています。
つまり、山本先生の小学校英語指導のお話とも共通しますけれども、単なる言語の学習にとどまらず、そこには教育者として子ども達を育てたい、というような部分がこの指導法の中にある、いうことですね。
語彙指導も今非常に大事な指導で、語彙が苦手だという生徒、特に中学生・高校生に多いのですが、このあたりで何か補足はありますか。
鈴木:山本先生が小学校英語指導のお話の中で、氷山の日本語の山と英語の山を結びつけるような指導ではダメだと、もっと氷山の下の方に入っていく、掘り下げていく指導が大事だということをおっしゃったんですけれども、これはTPRにしろPIにしろ共通していると思うんですね。
文法指導でよくあるのは『現在完了は「◯◯してしまった」「◯◯したことがある」』。
これはまさしく英語の氷山と日本語の氷山に橋をかける作業にしかなりません。もっと根本的な、本質を分からせる指導というのは氷山の下の方に向かう指導なのですが、これをPIもTPRも可能にしています。
例えばTPRでどれぐらいの語彙が指導できるかということを、辞書で順番に見ていって数えたことがありまして、でも「T」の途中で挫折してしまったんですが(笑)それでもほぼ三千語くらいの単語をカウントできました。
これかなり強力な語彙力になると思います。
これにtake offやget onなどを加えていくと、もっと増えていきますね。
これを意味のある活動、実際の身体の動きであるとか、あるいは頭の中で計算したり、絵を書いたり、いろんなそういう活動をすることで身につけていくことができる訳です。
これもいわゆる単語集の、発音もよく分からないものを英語と日本語を結びつける、あるいはそういった学習というのとは全く性格が違うものだといえると思います。
それからPIの場合、文法指導の中に語彙指導を含めていくことが出来ます。
主に既習のものを使いながら、その中に信号を入れていく。
その信号は教師がが用意した信号ではなく、できればPIの指導の前に、生徒が表現したいと思っていることを(理想的には英語で書かせるのが一番いいのですが)一度、日本語で書かせてもいいと思います。
本当に英語が嫌いで辞書もひけない、あるいは英語の単語の発音もできない、そういった子のいる学校でも、自分のしたいこととか、宝くじで100万円あたったらどうするか、そんなことを日本語で書かせましたところ、
「おばあちゃんに補聴器を買ってあげたい」と。
本当に英語が嫌いで授業中に化粧をするような子でも、そういうことを書く。
それを英語で表現できるように「hearing aid」という単語を教え、カタカナをふってあげた。でもそのカタカナをふった英語でも皆の前で英語が言える。
それを他の生徒が聞いて「あの子、補聴器を買ってあげたいと言ってる」
これなんかまさにコミュニケーションだと思うのですけど、こういうことが可能になる。
ですからPIをやる時に、できれば自己表現用の語彙リストみたいなものを少しずつためていけば、文法指導と語彙指導が結びついて、しかもそれが最終的には自己表現につながっていくという、そういうことが可能になると思います。
もし英語の先生が1つの学校に9人いらっしゃったとしたら、その担当学年それぞれのターゲット項目について、生徒がどんなことを表現したがっているかというのを語彙を調べて集めていけば、学期に例えば3つずつやっても3学期間で27、3学年で81項目出来上がるわけですね。
別の文法項目でも使える語彙は共通、例えば今日の予定とか、自分がしたいこととかいうのはかなり重なってくると思うんですね。そんなデータベース作り、語彙リストを作っていくことによって、自分のところの生徒にあった文法指導、語彙指導が可能になるということです。皆で力をあわせてやっていけば一人でやる何分の一の労力で済みますので、是非やっていただきたいと思います。
最近はディスレクシアの問題もよく取り上げられていますが、文字認識、文字が書けない、あるいは読めないというような生徒が、これから小学校英語教育が前倒しになってくると今以上に出てくる可能性もあると思います。このあたりTPR等の有効性はいかがでしょうか。
鈴木:今まで文字指導というと先生が黒板に文字を書いて、それを見て、真似て写しなさいというような指導だったと思うのですが、書かせる前にぱっと認識できるようにしてやる。
例えば、よくあるbとdの区別ができない、と言われていますけれど、私は小学校の時にローマ字を習った時にgとdの区別がつかなかったんです。bとdは裏表ですが、gは下に突き抜けているのとdは上に突き抜けている、この違いが認識できなかったんですね。
それを瞬時に認識できるまで、書いたりすることは遅らせて、しっかり2つのものを並べてぱっと認識させる。
その前に音を入れなければいけませんけれども、音を入れる時に、たとえばdとbでしたら、実際に発音して聞かせて同じか違うか、あるいはどちらを言っていたのか
昔やったミニマル・ペアによる、ああ言う練習というのは今忘れられていますけれども、英語の音声知覚能力を伸ばすためには非常に有効な作業だったと思います。
私自身大学に入ってから音声学の時にそういうことを習って自分でそういう教材を探してきて、自分でそういう区別する練習をテープで作りまして、それでやったら、やっぱり効果があったんですね。
そういうところから今度は文字を見せて、どっちの音を言っていたのかとか、ぱっと見せられてそれを発音できる。
そういった活動をやった上で、最終的には文字を見て書く、あるいは音を聞いて書く、というそういう練習をしていけばいいと思います。
TPRでは「write"D"」とか「write"e"」,「write"s"」,「write"k"」というような形でやると「desk」という単語が出来上がりますけど、そういう指導をスペリングの指導にも使えます。
今度はその「desk」という単語を、最初は裏に日本語を書いておいたカードを並べ、それを音を聞いてカルタ取りみたいな形でやる、というような指導。その前に実際に机に座ったりとか、動作を使った練習が必要ですけれども、今度は文字を導入した時に、まずはスペリングそのものではなく、まずは日本語とのマッチング、こういうところからやっていく。今度は裏返して音声を聞いただけでその単語が取れる。
そういう練習が初期の段階で必要だろうと思います。
スローラーナーから学力レベルが優れた子まで、あらゆる段階でこの指導法は使えて、教室の中で生徒が生き生きとしている活動が浮かんでくるようです。